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東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)22号 判決

原告

(マサチューセツツ州)ノートン・コンパニー

右代表者

オリバー・ダブリュー・ヘイス

右訴訟代理人弁理士

浅村皓

外一名

被告

(ニューヨーク州)ザ・カーボランダム・コンパニー

右代表者

ジョージ・ダブリュー・マンデヴイレ

右訴訟代理人弁理士

小田島平吉

外二名

主文

特許庁が、昭和四九年九月一七日、同庁昭和四五年審判第六一〇号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決に対する上告期間について附加期間を三月とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

(審決の成立にいたる特許庁における手続の経緯)

一、原告は、被告が特許権を有する第四五六一九五号特許(発明の名称「アルミナージルコニア系砥粒」、昭和三七年九月三日出願、一九六一年九月八日米国においてした特許出願に基づく優先権主張、昭和三九年一二月二八日登録)につき、被告を被請求人とし、右特許の優先権主張の基礎となつた米国における出願前、外国において領布された刊行物を引用して特許無効の審判を請求すべく、その請求に関する五年の除斥期間の満了日たる昭和四五年一月五日の前である昭和四四年一二月二六日、その旨の請求書を郵便により特許庁に宛て送付し、右請求書は、同日特許庁に到達した。仮に、多少遅延したとしても、昭和四五年一月五日には同庁に到達した。しかるに、特許庁は右請求書を四月六日受付けたとし、昭和四五年審判第六一〇号事件として審理し、昭和四九年九月一七日、「本件審判の請求は、却下する。」旨、主文第一項掲記の審決をし、その謄本は、同年一一月一三日、原告に送達された(出訴期間につき三か月を附加された。)。

(審決の理由の要点)

二、右審決の示す理由は、大要、次のとおりである。

(一)  右特許の出願日、優先権主張の基礎たる外国出願の日及び登録日は前項のとおり認められるところ、原告(請求人)は、右特許にかかる発明をもつて右外国出願の日前に米国において領布された「PRODUCT ENGINEERING BU-LLETIN」(一九六一年七月一日THE CARBORUNDUM COMPANY社刊)記載の技術から、又はこれに、ドイツ国特許第五〇六五一七号明細書(一九三〇年)記載の周知技術を併せ考慮することにより、容易に推考することができたものであるとして、昭和四四年一二月二六日、右特許無効の審判を請求する旨の請求書を郵送し、右請求書は、昭和四五年一月六日、特許庁に受付けられた。ところが、外国頒布刊行物に基づく特許無効の審判請求の除斥期間は、特許権設定登録の日から五年であるから、本件特許については昭和四四年一二月二八日までである。

(二)  そして、特許法第一九条は、「願書」又は「この法律……により特許庁に提出する書類その他の物件であつてその提出期間が定められているもの」を郵送した場合において発信の日時に到達したものとみなすという、いわゆる発信主義によるとするものであつて、到達主義の原則を貫くと、特許庁と手続者との地理的間隔の差により手続者の間に不平等が生じるので、これを防ぐため例外則として設けられたものであるから、その解釈は厳密にされなければならないが、ここにいう「特許庁に提出する書類」(提出期間の定めがある。)に「願書」が含まれないことは、自明であるのみならず、右立法の趣旨をふまえると、これから願書に類した書類も排除されると解すべきである。また、右の規定は、例えば、東京地方裁判所(?)、東京高等裁判所だけが管轄する行政訴訟、審決取消訴訟等の関係書類に適用されないから、特許法に関するすべての手続者の間の平等を図つたものとはいえないが、立法の趣旨を貫くならば、右のような訴訟関係書類を特許庁に提出する書類と区別すべき理由はない。それに、特許庁に提出する書類であるからといつて、そのすべてに右規定を適用すべき必然性もないから、むしろ特許庁に提出する書類でも、右のような訴訟関係書類に類するものについては、これとの均衡上、右規定が適用されないと解するのが相当である。ところが、特許無効の審判請求書は、特許庁に現に係属中の手続に関する書類(意見書、手続補正書、査定不服審判請求書等)ではない点において、訴訟関係書類と共通した性格を有し、更に、その手続に対立当事者が存在する点において、訴訟関係書類に類するものであるということができるから、本件特許無効の審判請求書も、右規定にいう「特許庁に提出する書類」に含まれない(もちろん、「願書」にも含まれない。)ものとして同規定の適用を受けないと解すべきであり、そのように解しても、その請求の除斥期間は、短くなく、また、その請求の後、詳細な理由の補充等も許されることを考慮すると、特に対立当事者のうち、請求人にだけ著しい不利益を与えることにはならない。

(三)  以上の次第で、本件特許無効の審判請求は、除斥期間経過後になされたものというべきであるから、不適法として却下を免れない。

(審決の取消事由)

三、しかし、右審決は次のように法律の解釈又は事実の認定を誤り、その結果、本件特許無効の審判請求を却下した点において違法であり、取り消されるべきものである。

(一)  特許法第一九条は、願書又は同法若しくは同法に基づく命令の規定により特許庁に提出する書類その他の物件であつて、その提出の期間が定められているものの提出について発信主義によることを規定しているが、同法第一二三条は、所定の要件の下に特許無効の審判請求をすることができる旨を定めているから、特許無効審判請求書は同法第一九条の定める前記書類に当たるところ、本件特許無効の審判請求書は、昭和四四年一二月二六日郵送に付されたから、右規定により、遅くとも同日午後一二時には特許庁に到達したものとみなされ、したがつて、その請求の除斥期間の満了である昭和四五年一月五日以前に特許庁に到達したこととなる。しかるに、右審決は、同法第一九条の解釈上、特許無効審判請求書について、これが訴訟関係書類に類するものであることを理由に、その適用を排除した。しかし、右規定は、特許庁に提出する書類について何ら例外を認めていないうえ、特許無効の審判請求書については、願書と同様、特許が唯一の受領機関であるため、その提出者の間に生じる地理的間隔の差による不公平を除く必要があるから、特許無効の審判が当事者対立構造を採つているという理由で、その審判請求書を右規定の定める書類に当たらないとすることはできない。なお、旧特許法(大正一〇年法律九六号)に基づく施行規則(大正一〇年農商務省令第三三号)第一七条は、現行特許法と同様の発信主義を定めていたが、大審院昭和二二年五月一日判決(昭和二一年(オ)第五五号)は、特許無効の審判請求書の提出について発信主義の適用を認めている。

(二)  また、本件特許無効の審判請求の除斥期間は、普通なら、本件特許権設定の登録の日から五年を経過した昭和四四年一二月二八日をもつて満了するところ、同日及び昭和四五年一月四日が、ともに日曜日であるから、その間の一二月二九日から一月三日までの各日に併せて、特許法第三条第二項の規定の適用を受け除斥期間は、昭和四五年一月五日まで満了することなく、したがつて、それまで、特許無効の審判を有効に請求することができる筋合であるが、本件特許無効の審判請求書は、昭和四四年一二月二六日の一二時から一八時までの間に東京国際郵便局の郵便物差出口に差出され、即日、東京中央局に回付のうえ、直ちに種分けして配達に付され、翌二七日、特許庁に到達した。仮に、多少遅延したとしても、昭和四五年一月五日には、特許庁に到達した。しかるに、右審決は、特許庁が右特許無効の審判請求書の到達後、これに受付日として記入した翌六日までの期間を無視し、その到達の日を一月六日であると認定し、右特許無効の審判請求を除斥期間経過後になされた不適法なものとしたが、これが誤りであることは、疑いを容れない。

第三  被告訴訟代理人は、請求の原因について、次のとおり述べた。

原告主張事実中、原告主張の特許権につき、特許無効審判請求書の郵送から審決の成立にいたる特許庁における手続の経緯(ただし、右請求書の到達日の点を除く。)及び審決の理由に関する事実は認めるが、右審決が右特許無効審判請求書をもつて特許法第一九条に定める書類に当たらないと判断したこと及び右請求書の特許庁における実際の受付日(到達日)を昭和四五年一月六日であると認定したことは、いずれも誤りではない。

第四  証拠関係〈略〉

理由

一被告が特許権を有する請求の原因掲記の特許(昭和三九年一二月二八日登録)につき、原告がその優先権主張の基礎となつた米国における出願前、外国において頒布された刊行物に記載された発明を引用して、特許無効の審判を請求するため、昭和四四年一二月二六日、その旨の特許無効審判請求書を特許庁に宛て郵便局に差出し、特許庁がこれを受付けて原告主張の審決をし、その謄本が原告に送達されたこと、右審決の理由が請求の原因中に掲記されたとおりであることは、当事者間に争いがない。

二そこで、右審決の取消事由について審究する。

特許法第一二四条によれば、特許がその出願前、外国において頒布された刊行物に記載された発明又はその発明に基づいて当業者が容易に発明することができた場合における発明についてされたときは、その特許を無効にする同法第一二三条第一項の審判は、特許権の設定登録の日から五年の間をもつて除斥期間とし、これを経過した後は請求することができないとされているから、本件特許について右のような理由によつてなされる特許無効審判の請求の除斥期間は、右特許権設定登録の日から五年を経過した昭和四四年一二月二八日をもつて満了すべきところ、同日及び昭和四五年一月四日がともに日曜日であることは公知であり、その間の一二月二九日から一月三日までの各日に併せて同法第三条第二項の適用を受け、除斥期間の末日から除外されるため、右特許についてなされる右請求の除斥期間は昭和四五年一月五日まで満了しないといわなければならない。

そして、同法第一三一条によれば、特許無効の審判を請求する者は、所定の事項を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならないから、その請求書は、同法第一九条にいう特許法の規定により特許庁に提出する書類であつて、その提出の期間が定められているものと解され、これを郵便により提出した場合に、郵便局に差出した日時を郵便物受領証により証明したときは、右規定によりその日時に特許庁に到達したものとみなされるが、本件特許無効審判請求書が昭和四四年一二月二六日特許庁に宛て郵便局に差出されたことは、さきに確定したところであり、成立に争いない甲第三号証(郵便物受領証)によれば、右請求書が郵便局に差出されたのは同日一二時から一八時までの間であることが認められるので、右請求書は、遅くとも、同日午後六時に特許庁に到達したものとみなさるべきものである。本件審決は、右請求書をもつて、特許法第一九条の定める書類に当たらないとし、その理由について種々説示するところがあるが、その判断は独自の見解に基づくものであつて、にわかに左袒することができない。

そうだとすると、本件特許無効審判請求は、その除斥期間の満了前に適法になされたものというべきであるから、これを除斥期間満了後になされた不適法なものとして却下した右審決は、違法であつて、取消を免れない。

三よつて、本件審決に以上のような違法があることを理由に、その取消を求める原告の本訴請求は、正当として、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(駒田駿太郎 中川哲男 橋本攻)

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